トランプ大統領のラマポーザ・南ア大統領に対する糾弾について
トランプ大統領のラマポーザ・南ア大統領に対する糾弾
アメリカのトランプ大統領は5月21日、ホワイトハウスで南アフリカのラマポーザ大統領と会談した際に、南アフリカの白人農民が「迫害」されていると主張した。そしてあえてメディアの前で、それを裏付けるとする動画を流すなどの糾弾を行った。一国の国家元首との会談後のメディア向けの会見として、極めて異様であり、波紋が広がった。
この「事件」については、すでにメディア報道だけでなく、SNSでの憤りの表明などが多数なされており、状況についてここで記す必要はないかと思われるが、いくつかの論点は拾っておこう。
論評の多くは、トランプ大統領が紹介した動画や画像の信ぴょう性に関するものだったと思われる。南アフリカの現実を客観的に広範に伝えるものではなかった、という点である。私はこれについて判断を下す準備がないが、少なくとも客観的に広範に状況を伝えるものではなかったと推察される。
トランプ大統領は、南アで「白人ジェノサイド(white genocide)」と述べた。「ジェノサイド」は、ジェノサイド条約によって定められている国際法の法律用語なので、この言葉を使う以上は、法律的な定義に合致する主張をしているという責任が発生する。これについては事実問題の認定とはまた別の次元で、論点が生まれる。「ジェノサイド」認定は、法律上は敷居が高く、トランプ大統領が法律用語を安易に使用した疑いが強い。
トランプ大統領は、ラマポーザ大統領を非難する構図を作った。「南ア政府がジェノサイドを行っている」とまでは言わなかったかもしれない。だが犯罪を黙認している、という理由での糾弾は行った。2025年2月、トランプ大統領は南アフリカの「2024年土地収用法(Expropriation Act)」が白人農民(特にアフリカーナー)に対する差別であると主張し、南アフリカへのすべての対外援助を停止する大統領令に署名した。また、同じ大統領令で、アフリカーナーを「政府主導の人種差別から逃れる難民」として受け入れる方針を示し、迅速な市民権取得の道を提供した。さらに4月に、アメリカが南アフリカからの輸入品に最大31%の関税を課し、アフリカ成長機会法(AGOA)による特恵関税制度の効果を実質的に失わせたことは、南アに対する敵対政策の一環だともみなされている。加えて、アメリカは、南アフリカの駐米大使エブラヒム・ラソール氏(白人)を「反白人・反米的」として追放した。
ラマポーザ大統領は、「南アフリカでは白人よりも黒人の方が暴力の犠牲になる可能性がはるかに高い」と述べたが、トランプ大統領の反応を得ることはできなかった。南アが犯罪多発社会であることは事実であり、その全貌を把握したり、原因究明をしたりすることは容易ではないことは確かである。
ただ、それは今回の「事件」の論点ではない。もともとトランプ大統領の意図が、パフォーマンスにあり、必ずしも事実問題の確認や、法律論議の提起や、南ア政府の政策について議論することなどには関心がないことは、明らかであるからだ。
南アフリカ出身の白人実業家イーロン・マスク氏が、トランプ大統領に悪意の助言をしている、とも指摘される。もともとは、南アフリカがイスラエルを国際司法裁判所でジェノサイド条約違反と訴えていることが、琴線に触れているのだとも推察されている。トランプ大統領は、白人労働者階級を支持基盤としており、マイノリティ優遇策に批判的な態度をとっていることが売りの一つだ。イスラエルのネタニヤフ首相に不満を持っているとも伝えられているが、ユダヤ人層が支持基盤であるという宗教がかったイデオロギー傾向を持っていることも間違いない。
国際的な余波と、欧州中心主義の見方の陥穽
南アとしては、今後も超大国アメリカとの関係を重視し、誠意ある対応を心がけていくしかないだろう。だがトランプ大統領の態度が政治的動機に裏付けられている以上、変化を起こすのは簡単ではない。同時に、トランプ大統領の態度が政治的動機に裏付けられているという宣伝戦を支援することも考えるのが当然だろう。その方面ではノウハウがないかもしれないが、いずれにせよBRICSの原初メンバーという位置づけで、中国やロシアをはじめとする非欧米の有力国との継続的な良好な関係がある。国際世論においては、必ずしも劣勢ではない。
日頃からトランプ大統領に批判的な学者・評論家層は、欧州ひいきの方々が多い。トランプ大統領の常軌を逸した行動が、欧州有利の国際世論を喚起しないか、と期待しているようだ。場合によっては、さらにロシアを敵視してウクライナ支援を盛り上げる国際機運を高めないか、という域までの空想に陥っている方々も、多々見られる。
残念ながら、そうはならないだろう。いかに欧州人がトランプ大統領を嫌っても、非欧米人から見れば、トランプ大統領も欧州人も、同じ「二重基準」の偽善的な欧米中心主義の仲違いでしかない。
誇張あるいは虚偽の「黒人が白人を迫害している」という白人大統領の糾弾に憤るアフリカ人たちが、欧州人への信頼を高める、といったことは起こりそうにない。ただ人種間の不信感を高まるだけだろう。
南アはBRICSの一角を占める有力国
2001年、9・11テロ事件の後にアフガニスタン侵攻を開始する際、当時のアメリカ大統領は「われわれと共に行動するか、敵対するか」という後に「ブッシュ・ドクトリン」と呼ばれることになる二者択一の選択肢を提示した。当時は、ロシアのプーチン大統領ですら、アメリカへの大々的な支援を表明していた国際情勢があった。だが数年のうちにプーチン大統領は「西側に裏切られた」と公言するようになる。2008年4月のNATO首脳会議で、ブッシュ大統領が「将来のジョージアとウクライナのNATO加盟」を共同声明「ブカレスト宣言」に入れ込ませた時は、プーチン大統領は激怒したと言われている。
南オセチアをめぐる「ロシア・ジョージア戦争」が勃発したのは、その後の2008年8月のことであった。2014年にはウクライナでマイダン革命が発生し、ロシアがクリミア併合に踏み切り、ドンバス戦争が始まった。ロシアと欧米諸国の対立は決定的になり、ロシアはG8から追放され、経済制裁の対象になった。
南アとロシアが継続的な協議の場としているBRICSの原型である「BRIC」の最初の公式外相会議がロシアで開催されたのは、2008年5月であった。BRICS設立の瞬間と記録されるようになった最初の公式首脳会議がロシアで開かれたのは、2009年である。南アフリカの正式加入は2011年で、その後この集まりの名称は「BRICS」で定着した。
もともと「BRIC」という造語が、ゴールドマンサックスの2001年のレポートで注目すべき有望な新興経済地域として、ブラジル(B)、ロシア(R)、インド(I)、中国(C)が特筆されたことから、作られていた。何年も前のアメリカの証券会社のレポートという、とってつけたような理由で、2008年頃にロシアが呼びかけを行った動機が、政治的なものであったことは言うまでもない。そのため、すぐにアフリカの不在が、気にされるようになった。アフリカの人口爆発とそれに伴う市場の拡大は、すでに起こっていたことだった。非欧米諸国のグループが「多極化」を掲げる際、アフリカ人がいないのは、痛い。そこで、南アフリカが招かれることになった。
アフリカ最大の経済規模を持つとはいえ、当時から南アの経済力は、「BRIC」四カ国とは隔絶した格差のあるものでしかなかった。2009年の名目GDPランキングで、中国は世界3位、ブラジルは8位、インドは11位、ロシアは12位で、南アは29位だった。南アフリカを、招くことを決めたのは、政治的配慮としか言いようがない。
ロシアのプーチン大統領は、2008年の段階で、欧米との長期戦を覚悟していたはずだ。そしてそれを実行する動きをとっただけでなく、準備の布石も打っていた。BRICSの創設は、その象徴的な例である。2022年の全面侵攻で、さらなるロシアに対する包括的な経済制裁を、欧米諸国及びアジア・オセアニアのアメリカの同盟諸国が実施してきた際、ロシアの生命線となったのは、BRICSなどを通じて継続的な連携協議の関係を築いていた中国やインドとの貿易取引であった。ロシアとアフリカの関係が、概して良好なのも、ロシアがアフリカに相当に気を遣っているからでもある。
欧米諸国とロシアとの間の認知戦は、日本のSNSで他者をネットリンチに賭けたくなった際に参照される「親露派の陰謀論」のようなレベルのものだけではない。その裏側には、欧米人が行った数々の犯罪的行為を参照して世界史の構造的な矛盾を強調する「反」「欧米中心主義」のイデオロギーがある。
反グローバルな白人至上主義
世界は「多極主義」の様子を強めている。「欧米中心主義」の世界観を前提にした発想には、発想の次元で、リスクがある。
「『欧米』が世界の中心だ、通常はアメリカが盟主だが、ただアメリカの大統領がアホである時期には、その世界の中心の『欧米』の盟主の座は、アメリカからヨーロッパに移る」、といったことを信じようとしても、無理である。
ある非欧米人が、アメリカが嫌いになったとき、ヨーロッパも嫌いなままである、ということは、当然起こりうる。
トランプ大統領が恐ろしいのは、この世界的な反グローバル化の現象の波に自らも歩調を合わせていくときもあるかと思えば、その中の白人中心主義のグループの中の盟主の地位を維持しようとしたりするときもあることだ。いわば「多角的な世界」の中の白人グループの盟主がアメリカ、という位置づけである。今回の「事件」は、反グローバル化ではなく、いわば白人グループの盟主としての立場を強調するトランプ大統領の姿勢から、生まれた。この姿勢は、「多角化する世界」の中で、なお「反ポリコレ」を貫くところから、生まれてくる。
真に「多角化した世界」では、グローバリズムと反グローバリズムの運動の二項対立も相対化される。そして、反グローバルな思想を持ちながら、白人中心主義の「極」をとろうとする態度も、ありえてしまうのである。
「篠田英朗 国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月二回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。https://nicochannel.jp/shinodahideaki/
すでに登録済みの方は こちら