「ドンロー主義」について(3):モンロー大統領が付け加えたこと
モンロー・ドクトリンは、ワシントンの不介入原則に「米州と欧州の分離」と「米州の運命共同体」観を加えた点に独自性がある。欧州には不介入、米州では新興独立国の保護を示し、西半球を「新世界」とする思想的枠組みを形成した。この構図にそって、トランプ政権の西半球へのまなざしを理解することも、あながち不可能ではない。
篠田英朗
2026.01.12
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モンロー・ドクトリンは、なぜモンローのドクトリンなのか
昨日の記事では、初代大統領のジョージ・ワシントンの離任挨拶に、モンロー・ドクトリンの一つの源流があることについて、ふれた。それは第5代大統領ジェイムズ・モンローが、1823年の年次教書演説の中で、ふれたことでもある。当時、すでにワシントンの教えは、確立されたアメリカの外交政策の指針になっていた。
それではどうして、モンロー・ドクトリンは、ワシントンの名を取ったワシントン・ドクトリンにならなかったのか。
モンロー・ドクトリンが成立するためには、ワシントンの「恒久的同盟の忌避」の忠告に、さらに重要な追加的要素、あるいは発展が必要だった。
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- 錯綜関係回避の原則
- モンロー大統領の宣言
- 「新世界」の成立
- モンロー・ドクトリンの思想的背景
- トランプ大統領の「西半球世界」
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