「ドンロー主義」と米国のイラン攻撃
アメリカのイラン攻撃と「ドンロー主義」の関係は?
私は第一期トランプ政権の時代から、トランプ大統領の「(失われてしまった)偉大なアメリカ」の原初イメージは19世紀のアメリカにある、という点を指摘してきた。昨年の第二期トランプ政権成立後も、各種媒体を通じて繰り返し論じてきた。拙著『地政学理論で読む多極化する世界:トランプとBRICSの挑戦』では、「モンロー・ドクトリン」「アメリカン・システム」「大陸主義」「明白な運命」といった19世紀アメリカの政治外交思想の概念を用いて、トランプ政権の特徴を描写した。
昨年12月に公表された『国家安全保障戦略(NSS)』では、「モンロー・ドクトリンのトランプ・コロラリー」という概念が特筆され、政権の公式文書が明確にモンロー・ドクトリンの伝統を意識していることが示された。
さらに今年1月のベネズエラ侵攻時には、トランプ大統領自らが記者会見でこの点に言及したうえで、「ドンロー主義」という概念を好意的に紹介した。これは「モンロー・ドクトリンのトランプ・コロラリー」を大衆向けに言い換えたものだと言える。
しかし一般には、「モンロー・ドクトリン」はアメリカの西半球における覇権的地位を前提とした政策を指すと理解されている。日本の学校教科書では「孤立主義」と説明されることすらある。
仮に西半球に位置するベネズエラへの侵攻を「ドンロー主義」で説明できるとして、イラン攻撃はどのように理解すべきなのか。直近のイラン攻撃を見て、この疑問を抱く読者も多いだろう。
極めて重要な論点であるため、整理しておきたい。
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- 19世紀のモンロー・ドクトリンの地理的範囲の拡張
- モンロー・ドクトリンにおける西半球世界とは「新世界」のこと
- イスラエルという特殊な存在
- ドンロー主義の問題性と限界
- 日本の立ち位置
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