トランプ大統領の政策体系(「トランプは無能」論の地政学リスク:その2)
トランプ政権の不人気を断定するのはリスクが大きい
トランプ大統領は支離滅裂で気まぐれで無能な人物だというのが、日本の主流メディアの一貫した論調である。ここから踏み込んで、日本政府はトランプ大統領と距離をとるべきだ、と主張する方もいる。アメリカ国民も、今回はさすがにようやくトランプ大統領がどれほど破綻した人物であるかを理解するだろうから、トランプ大統領の共和党は約2年後の中間選挙で大敗北を喫し、約4年後の大統領選挙でも(それが誰であれ)トランプ大統領の政策を覆す人物が当選する、と予言している方までいる。
仮にこの予言が正しかったとしても、2年、あるいは4年の間に、相当な出来事が起こるので、のんびりと何もしないで時がたつのを待っているわけにはいかない。また、現在のアメリカ国内の世論調査がトランプ大統領の支持率を下降気味と伝えているとしても、そんなことにほとんど意味はない。世論調査の結果など2年もあれば激しく変わってしまうし、そもそも世論調査が選挙の結果を正確には予言するものではないことは、よく知られているとおりである。
「ロシア寄り」と描写されて評判が芳しくないロシア・ウクライナ戦争の停戦調停の方針も、選挙まで時間が多く残されている今だからこそ、強く進められる。いくら「ロシア寄り」に懸念を持っている層がいるとしても、停戦が果たされた後2年近くたってからもなお、戦争継続路線に時計の針を戻すべきだと考えて、投票先を決める人々は、相当に稀だろう。選挙の際には、停戦交渉のやり方ではなく、停戦の果実が、争点になる。
高率の関税を外交手段に用いる姿勢も、圧倒的な支持を得る、というところまでは期待できない政策だろう。だが選挙の際に問題になるのは、あくまでも結果である。粗野な振る舞いが懸念を高めることを予測しながら、だからこそ政権発足初期にやり切ってしまっておくことは、常に選挙対策をしておかなければならない政治家の発想としては、極めて普通のことである。
現在、アメリカの株式市場で株価が低落しているが、これも経済構造の改変を積極的に行っておく副産物ととらえて、政権発足初期に下げ切ってしまっておいたほうがいい、と考えること自体は、むしろ合理的である。
したがって、特に政権発足直後の今、日々移り変わる世論調査や株価の日ごとの変化を根拠にして、数年単位の外交政策の見通しを立ててしまうことのほうに、むしろリスクがある。世論調査や株価ではなく、トランプ政権の政策は何を目指しており、それはどこまで達成可能なのか、そしてどのような果実をアメリカ国民と、外国に対してもたらすものなのか、を分析していかなければならない。
中間選挙前の大型減税導入から逆算したタイムテーブル
トランプ政権の場合、破格の大型減税を導入することが、すでに既定路線である。本来であれば、あからさまな人気取り政策として批判されるだろうことだ。経済動向も、少なくとも景気の動きとしては、好転していくことが期待される。政権発足初期段階である今は、その前にやっておきたい地ならしをしていると言ってよい。
トランプ大統領は、取引好きと言われる。そして交渉を前に進めるため、アメとムチ、甘言と暴言、怒りと優しさ、硬軟織り交ぜた、あらゆる手段を使ってくる。その手段の幅広さに目を奪われると、「トランプは支離滅裂」という評価になってしまう。
目標の固定性と手段の流動性
だが手段の多様性は、目標の一貫性と、表裏一体の関係にある。自分が設定した目標に対する執拗に執着する姿も、トランプ大統領の特徴の一つである。
この点をおさえておくことが、トランプ大統領の政策スタイルを理解する際のカギだろう。目先の言葉尻に気を取られると、翻弄されるだけに終わってしまう。言葉を超えた目標達成に向けた政策的意図をくみ取ることが、トランプ大統領と計算された交渉をするためには、大切になってくるはずである。
双子の赤字の削減という目標
大型減税の導入を狙うトランプ大統領は、その前にアメリカが抱えている空前の規模の財政赤字を改善したいと考えているはずだ。https://jp.reuters.com/markets/japan/funds/SVLGGHOS2JOA5PL3ZOIAUUDUWY-2024-10-20/ 過激な政府機構改革から、費用負担を求められている戦争の終結斡旋に至るまで、トランプ大統領の現在の政策は、財政赤字削減の目標に沿って、進められている。そのためにまず内需の刺激につながらないところから政府支出の削減を行っている。わかりやすく言えば、政府支出を削減してみせたうえで、来年の中間選挙の前に、空前の大型減税を導入するためである。
アメリカはさらに貿易赤字の面でも、史上最大の規模を抱え込んでいる。https://www.yomiuri.co.jp/economy/20250206-OYT1T50054/ 内需主導で労働者層が恩恵を受ける経済政策を狙うトランプ大統領にとっては、巨額の貿易赤字を恒常的に抱え込んでいる仕組みは、足かせである。多少手荒い真似をしてでも、労働者が恩恵を受ける経済構造へ転化させることを目指している。
正直、私は経済政策の是非については、よくわからない。経済学者の間でも意見が分かれている領域だ。しかし少なくとも史上最大規模で膨れ上がっている財政赤字と貿易赤字を改善することが「常識」に反した破綻した考えだとまでは言えないと思う。
実は外交安全保障政策についても同様である。海外の戦争に巨額の資金を流し込み続けている仕組みが健全だとは、到底言えない。短期的な成果が期待できない泥沼の構図になっている戦争であれば、なおさらそうである。そこでせめて唐突に支援を停止して見限ることも避けて、戦争そのものを停止させる調停努力をするとしたら、それが「常識」に反した破綻した行動だとまでは言えない、と私は思う。
少なくとも、トランプ大統領の政策を分析評価したり、万が一にも交渉したりする者は、トランプ大統領を軽んじて小馬鹿にするような態度を見せてはいけないだけでなく、できれば特徴をつかんでおきたい。
目標が動かないため、手段が多様になる。
そのことを理解しない者は、単に自分のほうが混乱してしまうだけではなく、トランプ大統領から見限られて、非生産的な関係しか築けなくなるだろう。逆にその特徴を理解して尊重するならば、立場の違いに由来する利益の相克が見える場合であっても、交渉を通じた調整へと、関係は進展していくだろう。
(サムネイル画像は『アゴラ』2025年1月22日記事より:トランプ大統領が就任演説で語った「常識の革命」 | アゴラ 言論プラットフォーム)
すでに登録済みの方は こちら