日本の人口減少という地政学リスク

 現代世界は揺れ動いており、地政学リスクと呼べる不穏材料には事欠かない。それは戦争や政争のような各国内・国際的な政治情勢によるものでもあるが、気候変動による変化も含めた自然環境によるものかもしれない。日々の現象による地政学リスクもあるが、より構造的な地政学リスクもある。日本人が最も深刻な構造的な不可避的現象として受け止めなければならないのは、日本の未曽有の人口減少がもたらす地政学リスクであろう。
篠田英朗 2025.02.19
誰でも

 先週の2月11日からJICAの仕事で、「エチオピア国北部紛争影響地域における開発支援プロジェクト」の一部として来日しているエチオピア政府高官17名の研修に帯同している。最初は広島で4日ほど過ごし、今週から東北で復興の過程を見学している。同時に、エチオピア連邦政府平和省副大臣以下の高官と、ティグレイ、アムハラ、アファール州の局長・課長級の方々が、相互交流を深めながら、復興プロジェクトの今後についてグループ討議を繰り返していく仕組みだ。私は自分自身がプレゼンテーションをしながら、最終的な成果発表にまで持っていくグループ討議のプロセスを促進するファシリテーターとして全体を見ている。

 「平和都市」広島の独特の文化を見て、思うところが多々あった参加者の方々だが、東北ではまた異なる復興の様子を感じ取っている。2011年3月11日の東日本大震災からの復興は、5年間で19兆円、10年間で23兆円の巨費が投入された空前の規模の「復興」であった。その財源として定められた25年間の2.1%の増税措置は、まだ続いているが、法律で定められた狭義の「復興」は終了している。

 60以上の被災地方自治体が、2011年のうちに「復興計画」をとりまとめた。復興庁が主導する復興プロジェクトの予算措置の要件を満たし、復興プロジェクトの財源を確保するためである。各地で無数の有識者会議、住民ワークショップ、などが、コンサルタントが主導する国際的な基準にもそった開発援助計画作成の手法にもしたがって、繰り返し開催され、専門的知見と住民の意見を十分にくみ取ったはずの詳細な「復興計画」及び関連文書が、大量に算出された。

 潤沢な予算措置は、震災による被害を受けた住民に対する集団的補償の意味合いもあった。復興の仕組みについては、国民的合意もあったと思う。復興の過程で、国際的に経験を共有できるようにすることが目標として定められたので、現在でも被災地の各地で外国人の訪問受け入れる活動が多々行われている。残念ながら英語でプレゼンをしてくれる方はほとんどいないが、現地の方々が保有する英語も挿入されたパワーポイント資料は多々存在している。

 しかし、現在、広範な地域にまたがる復興の結果が、包括的に評価されているわけではない。「ベスト」であった復興計画群は、しかし完璧ではありえなかった。東北地方は、未曽有の人口減少・少子高齢化を経験している日本の中でも、特に過疎化の進展が著しかった。それは震災前から顕著であり、震災後の「復興」で流れを逆転させることなどできるはずはなかった。それは14年前も、誰でも知っていた。しかし被災者の方々が、せめてささやかな夢を見たかった事情も、考慮された。構造的なリスクがそこにあった。

 現在、東北地方は、復興の過程によって作り上げられた資産が多々存在している。各地に新しい集落や、新しい集いの場所が生まれている。新しい組織も作られ、インフラも整備された。その過程で、潤沢だが執行時限付の予算の仕組みに沿って、狭くてもいい道路が、かなり広い道路として造られた、といった現象も起こっていたかもしれない。

 そして人口が激減している。いずれの自治体も、2~4割の人口減少を経験しており、しかも少子高齢化が著しい。「復興」を主導した世代は、文字通りの引退をし始めている。残された資産の「維持」は、極端に数が減った現役世代・若者世代の「負担」として、重たくのしかかってくる。もはや追加的な財政措置はない。日本全体に東北を助け続ける余裕がない。

 エチオピアは人口の大増加を経験している。アフリカ全体がそうだ。これらの社会の人々は、ほうっておいても社会の経済規模が上昇し続けるのが当然の仕組みの中で、それをより良いものにする課題を抱えている。アフリカの人口激増は、一つの大きな地政学リスクである。

 日本が世界に示している地政学リスクは、その全く逆だ。どんなに素晴らしい復興計画を大量算出しても、人口減少という構造的事情を変化させることは、不可能だ。そして人間がいなければ、かつて維持できたものも維持できなくなるのは、不可避だ。どうなっていくのか。壮大な社会実験が行われている。日本の国際的な地位の低下も、今すでに明確に進行中の事実である。すでに明白な影響我各方面で見えてきている。日本がそれをどう受け止めるのか、そして国際社会がそれをどう受け止めるか。各方面で問われている大きな問題だ。

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