「侵略の罪」特別法廷を作る意味

 欧州諸国が「侵略の罪」を裁く特別法廷を作ろうとしている。大変に野心的な試みである。前例は乏しく、構成国には大きな負担がかかるだろう。「侵略の罪」を許さないという政治的意思を示す意義はあると思われるが、負担との兼ね合いで合理性があるのか、というリスク評価をする視点を持っておかないわけにもいかないだろう。
篠田英朗 2025.05.10
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「侵略の罪」特別法廷とは何か

 5月9日、ウクライナ政府高官と欧州諸機関・諸政府指導者たちが、ウクライナ西部リビウで「侵略犯罪」を裁くための特別法廷を設置する協議の会議を行った。「侵略犯罪」は、歴史上、第二次世界大戦後のニュルンベルク裁判所と極東国際軍事裁判でしか個人犯罪として裁かれたことはない。第二次世界大戦後の連合国による占領体制下で行われた二つの特異な事例では、国家の国際法(国際連盟規約と不戦条約)違反を構成する行為が、個人を処罰するための犯罪とみなせるかは、罪刑法定主義の観点から問題になった。批判者からは「勝者の正義」と評された事例である。

 「侵略犯罪」は、個人の具体的な行為の犯罪性を処罰する他の通常の国際人道法違反行為の戦争犯罪とは、性格が異なる。国際刑事裁判所(ICC)は、2010年のローマ規程カンパラ改正により、2018年から侵略の罪について管轄を有するようになった。だが侵略の罪について、個別の管轄権の受け入れが、締約国側に必要である。ウクライナは、2014年に、締約国にならないままICC管轄権を受け入れる受諾をした。加えて、2025年に正式にICCに加盟した。だが、侵略の罪については、要件が厳しく、ロシアがICCに加盟していないため、依然としてICCはロシアの侵略の罪を扱うことができない。

どんな狙いと問題がありうるのか

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