一極支配の後は、二極分化ではなく、多極化する世界

米国の一極支配が衰退する中、世界は「民主主義vs権威主義」の二極化ではなく、多極化へ進んでいる。SCOやBRICSは覇権主義に反対し、緩やかな協議体として多極的秩序を模索。欧米主導の二元的な理解は現実を歪め、国際情勢把握を妨げる。
篠田英朗 2025.09.07
誰でも

SCO首脳会議が見せたこと

 上海協力機構(SCO)天津首脳会議で、インドのモディ首相が、中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領との親密な関係をアピールした。その様子は、世界中に配信され、大きな印象を多くの人々に与えた。トランプ大統領は、「われわれはインドとロシアを暗黒の中国に奪われたようだ」とSNSに書き込んだ。

 その後に北京で行われた抗日戦勝80周年記念式典でも、多数のユーラシア大陸諸国の首脳らの参列が見られた。日本のメディアは、「中ロ朝首脳が対米で結束誇示 権威主義陣営、世界秩序試す」(日本経済新聞)といったトーンで、これを報じた。https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM035SM0T00C25A9000000/

 欧米諸国が主導する国際社会の仕組みが変質している。その背景には、21世紀に入るころには突出した国力で「一極支配」とさえ言われていたアメリカの国力の相対的な低下がある。もっともアメリカはまだましで、欧州諸国や日本の国力の相対的な低下のほうが顕著であることは、拙著『地政学理論で読む多極化する世界:トランプとBRICSの挑戦』でも指摘した通りである。

二極分化の世界観に固執する日本人

 だがそれによって何が起こっているのかについては、理解に混乱があるようだ。日本のメディアや国際政治学者らは、米中対立の構図を強調し、「民主主義陣営vs権威主義陣営」というバイデン政権時代の構図で、現在起こっていることを理解しようとしがちのようだ。ことあるごとに「中国が覇権を狙っている」という解説が付け加わる。

 たとえばSCO首脳会議において、中国がSCO加盟国に対して年内に20億元(約400億円)の無償援助を行うと表明したことや、SCO傘下の金融協力機関に加盟する各国の銀行に今後3年で100億元(約2千億円)を新たに貸し付けると表明したことをとらえて、「中国が覇権を狙っている」と評するのが決まり文句のようになっている。

 ただこれらの措置は、SCO諸国における中国の圧倒的な経済力を考えれば、際立って野心的なものだとまでは言えない。たとえば日本のJICAが実施する無償資金援助の年間予算は約1,500億円で、有償資金援助は2.3兆円だ。トランプ政権がUSAIDを廃止する方針を決めたときには、非難が集まった。日本やアメリカが行う援助は国際秩序の進展に役立つ良いことだが、中国が行う援助は覇権を狙う政治的野心の産物だ、という決めつけに、いつも必ず説得力のある根拠が付されているわけではない。

 北京で抗日戦勝80周年記念式典に参列した諸国の中には、インドネシアなど明白に民主主義国と言える国が含まれている。結局、欧米諸国が参列しなかっただけだった。それにもかかわらず、中国が主催する式典に参列するのであれば、「権威主義陣営」の一員だ(欧米諸国と仲良くしている国が民主主義国だ)、と主張するのは、単なる政治的な決めつけにすぎない。世界のほとんどの地域では通用しない論理である。

 拙著『地政学理論で読む多極化する世界:トランプとBRICSの挑戦』の大きなテーマだったが、欧米諸国+日本は、二元的な世界観で、現実を理解しようとする。米国が敵対陣営を圧倒して「一極支配」を確立するのでなければ、「民主主義陣営vs権威主義陣営」の二極分化した世界になる、という見方に固執する。

多極化する世界

 ところが実際には、SCOは、BRICS同様に、「多極的な世界」の構築を標榜している。反米的なトーンが見られることも事実だが、それは覇権主義そのものに反対する、という趣旨で表現されるものだ。

 SCOもBRICSも、緩やかな協議体のまま「多極化した世界」の実現を目指している。中国、ロシア、インドの関係も、それぞれの地域において覇権的な地位を持つ有力国同士の間に成り立つもので、軍事同盟関係とは一線を画する。したがってSCOやBRICSの存在感の高まりは、「権威主義陣営」の存在感が高まりというよりも、「多極化した世界」に向かう動きの高まりだということになる。

 一極支配が終わったので、二極分化になった、と考えるのか。そうではなく、むしろ多極化した世界になった、と考えるのか。今後の国際社会の動向を把握していくために、カギとなる大きな問いである。

いずれにせよ固定観念にもとづいて、決めつけを振り回す態度は、現実の理解を妨げる点で、阻害的である。

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