「ドンロー主義」について(5):ウィルソン主義のモンロー・ドクトリン

ウィルソン大統領は、独自の入れ子構造の安全保障観を持ち、国際連盟はモンロー・ドクトリンの拡張版である、という考え方を持っていた。自由と独立を守る集団安全保障原理としてのモンロー・ドクトリンを、国際連盟を通じて、制度化しようとしたのである。だが議会に理解されず挫折し、その失敗は後の国際秩序の混乱を招いた。
篠田英朗 2026.01.14
読者限定

ウィルソンはモンロー・ドクトリンを否定したのか 

 モンロー・ドクトリンは、19世紀後半から20世紀初頭にかけての共和党全盛の時代の大統領のイメージが強い。「ローズベルト・コロラリー」は、その代表イメージだ。現代のトランプ大統領も、それを意識しているだろう。

 他方、言うまでもなく、民主党の大統領や議員たちも、モンロー・ドクトリンを強く信奉していた。ただ、確かに、信奉の仕方は、共和党系と民主党系とでは、ちょっと違っていたかもしれない。

 2013年から第28代大統領を務めたウッドロー・ウィルソンは、国際政治史にその名を刻む大物大統領だ。今日でも「ウィルソン主義」という言葉が、国際制度主義の意味で、用いられる。

 第一次世界大戦の勃発に直面し、第一期目を通じて中立の立場を維持した。そのまま中立を唱えて、2016年に再選を果たした。しかし2017年に協商国側についてアメリカを参戦させると、戦争の帰趨に大きな影響を与える本格的な軍事関与を行った。戦後は、自らパリに赴いて講和会議を主導し、国際連盟の設立に尽力した。

 ウィルソンの足跡は、モンロー・ドクトリンの伝統を打ち破ったものであるかのように見える。実際のところ、同時代の議員たちは、そのように考えてウィルソンへの反感を強め、アメリカの国際連盟加入に反対した。

 しかしウィルソン自身は、そう考えていなかった。ウィルソンは、自らをモンロー・ドクトリンの信奉者だとみなしていた。そのうえで、モンロー・ドクトリンをヨーロッパに適用するのが国際連盟なのだ、と説明していた。

 これはいったいどういうことなのだろうか。

この記事は無料で続きを読めます

続きは、3906文字あります。
  • 西半球を超えたモンロー・ドクトリン
  • 国際連盟規約におけるモンロー・ドクトリン
  • 入れ子構造の集団安全保障システム
  • 揶揄され悪用されたモンロー・ドクトリン
  • トランプ政権とウィルソン主義のモンロー・ドクトリン

すでに登録された方はこちら

読者限定
「ドンロー主義」について(4):ローズベルト・コロラリーが示すこと
読者限定
「ドンロー主義」について(3):モンロー大統領が付け加えたこと
読者限定
「ドンロー主義」について(2):ワシントン初代大統領の離任挨拶の源流
読者限定
「ドンロー主義」の概念について
読者限定
トランプ大統領の「アメリカがベネエラを管理する」発言について
読者限定
国家安全保障戦略(NSS)から見るアメリカのベネズエラ攻撃
読者限定
地政学リスクとは何か:三菱UFJ報告書を題材に
読者限定
新年のご挨拶:多極化する世界で