「ドンロー主義」について(2):ワシントン初代大統領の離任挨拶の源流

本稿は「モンロー・ドクトリン」の源流を、ワシントン初代大統領の離任挨拶に求めつつ、モンロー・ドクトリンが「孤立主義」ではなく「独立主義」と言うべき思想に基づいたものであることを示す。恒久的同盟の回避は欧州政治への不介入と自主性維持のためであり、この発想は現代の米国外交の変動にも影響を与えている。
篠田英朗 2026.01.11
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モンロー・ドクトリンをめぐる三つの大きな問い 

 「モンロー・ドクトリンのトランプ・コロラリー」=「ドンロー主義」について、断続的になるかもしれないが、この『The Letter』の場を用いて、数回に分けて考えてみたいと思っている。私自身は以前から関心を持って論じてきた。加えて、昨年12月の国家安全保障戦略の公表と、1月になってからのベネズエラ攻撃で、世界的に関心が高まっているところだ。

 (実は今まで書いてきたことをふまえ、新しい事件も取り入れて、一般向けにまとめてみないか、というご依頼をある出版社の方からいただいた。それで、私自身もあらためて考え直してみるとどうなるか、考え始めているという個人的な事情もある。)

 あらためて「モンロー・ドクトリン」を理解しようとする際、カギになるのは、たとえば、以下の三つの点だろう。

 第一は、モンロー・ドクトリンと「孤立主義」のレッテルの関係である。モンロー・ドクトリンは孤立主義ではない。だが孤立主義と揶揄されがちな一面は、持ってはいるのだろう。それはいったい何なのか。

 第二は、アメリカが地域的な覇権国として君臨することの意味だ。それは単純に「帝国主義」と称されることもある。他方、ヨーロッパ列強の帝国主義とは、少し異なる様相を見せてきたことも事実だ。それはいったい何なのか。

 第三は、モンロー・ドクトリンの基盤となっているアメリカの特殊な政治思想の伝統だ。「新世界(西半球世界)」は、腐敗した「旧世界(欧州)」とは異なり、神の恩寵を受けている、という感覚が、モンロー・ドクトリンの独特の思想空間を支える。この思想はいったい何なのか。

 言うまでもなく、これら三つの問いは、いずれも大きな問いだ。それぞれに学術的に精緻に答えていくためには、かなりの調査を行い、相当量の記述で、議論を展開していかなければならない。それをこの『The Letter』で行っていく、というわけではない。それはいささかやりすぎだろう。

 ただ、上記三つの問いをよくふまえながら、基本的な事情について、あらためて捉え直す作業は、この『The Letter』でも行っていけるだろう。そしてそれは、現代の「ドンロー主義」を理解する際にも、必ず何らかの形では、関わってくるはずである。

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続きは、2966文字あります。
  • モンロー・ドクトリンの源流
  • ワシントンの離任挨拶
  • 恒久的同盟の回避 
  • 力点は、孤立ではなく、独立 
  • ワシントンの教えの現代的意味 

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